子育ては孤独な仕事?!


厚木5歳児衰弱死事件が示す「法医学の限界」-作られた「残酷な父」というストーリー 。こんな見出しの記事(東洋経済オンライン)がフェイスブックでシェアされていました。気になって読んでみると、大変共感する内容が書かれていて、思わずつぶやきたくなりました。杉山春さんというフリーのルポライターさんが書かれたものです。「こういう事件のことを書くのは難しいだろうなあ~」と思っていたら、ご本人も「難しい原稿だった」とフェイスブックでコメントしておられるのを見ました。きっとご苦労されたのでしょうね。

AAP Image/Lukas Coch)

子どもへの虐待事件が報道されるたび「なんてひどい親なの!」と、大半の人は記事を読んで憤慨することでしょう。「自分の子どもを死に至らせる・・・なんと残酷な!」加害者である親に対する社会の批判は、ごもっともです。メディアも事件しかし、見方を変えると疑問が生まれてきます。「どうして、こんなことになってしまったんだろう?」と。私がオレンジゴスペル(ゴスペル音楽を通してオレンジリボン運動の啓発を行う)を企画したきっかけは、まさにその疑問からでした。可愛いはずの我が子を死に至らせてしまう原因は、いったい何なのだろう?

原因がわからない以上、問題解決はできません。なぜこういう事件が繰り返されるのか、原因は何かを私たちが考えない限り、こういう悲劇がなくなることはないでしょう。「子ども虐待事件の原因のひとつは、社会の中で孤立する親がいることではないだろうか?」私は、そう思ったのでオレンジゴスペルをスタートしました。そして音楽プロデューサーという立場を利用して「合唱のように子育てをみんなで!」というメッセージを伝えてきました。

Free Press Journal

人の命を育てるのってそんなに簡単なことではありません。夫婦二人が揃っていても子育ては大変です。一人親の家庭ならば誰かのサポートがなくては、子育てすることは不可能です。

命を落としてしまった子どもの苦しみ・悲しみを知ることは、もうできません。そして真実が何だったのかも解明できないかもしれません。でも、このお父さんが「頼む、助けて欲しい」と誰かを頼れることができていたなら、あるいは誰かが「大丈夫ですか?」と声をかけていれば、子どもは命を落とすことはなかったかもしれないと思うのです。

私がオレンジゴスペルで、いつも伝えていることは「オレンジリボン運動が、単なる”子ども虐待者を通報する”というだけのキャンペーンになってはならない」ということです。「孤立する親を社会が作らない」そういうお節介な大人が増えることが、子どもを守る最も有効な手段だと思うのです。オレンジゴスペルの2番めのキャッチコピーは「お節介文化を復活させよう!」です。

kitty-club.info

このルポを読んで、今朝のオンライン・バイブル研究会(毎週水曜日の日本時間夜10時、NY時間は朝9時にインターネットを使って30分行われています)での話を思い出しました。マルコの福音書10章に登場する「盲人のバルティマイ」のところを読んでいたんです。彼のように「お願いです!助けてください!」とイエスの名前を呼び、叫ぶことができる人は、やはり幸せだと私は思うのです。

自分ではどうしようもないことが起きることはあります。そんな時には、神様に祈りながら、周りに助けを求められるような人間で自分がいられたら、そのほうが幸せだと思います。大人になると「助けて」と人を頼るのは格好悪いとか、情けないとか・・・そういう見栄や羞恥心が救いを求めようとする気持ちを押さえてしまいます。でも、人間は一人では生きられないし、支え合って生きるように神様は人間を創られたのだと思います。一人一人が、自分は完ぺきではないこと、未熟であり、弱いことを知り、助けが必要なときは大声で呼んでも良いような社会ができれば、このような悲劇が繰り返されることはないのではないでしょうかね。

今年のオレンジゴスペルの今年の開催地が決まり始めています。開催にご興味ある方には本部で概要を送っていますので、遠慮なくこのサイトからご連絡ください。オンラインのバイブル研究会の参加に興味ある方も、遠慮なく連絡くださいね!

Orange Gospel 2016

文:打木希瑶子 2017年3月22日