イズラエル・ホートン


来日したこともあるそうなので、日本でもご存じの方は多いかと思います。1971年生まれ。カリフォルニア州出身。コンテンポラリー・クリスチャン音楽のシンガー・ソングライター、プロデューサー、アレンジャー、ボーカリスト、ピアニスト、ギタリストです。

「Again I Say Rejoice」 の大ヒットで全米に名が知られるようになり、2007年にはグラミー賞を受賞。グラミー賞・ステラ賞・ダブ賞など数々の賞を何度も受賞している大物アーティストです。「Turn It Around」 「Just Wanna Say」 「I Am A Friend Of God」 など多数のヒット曲をリリースし、今ではアメリカを代表するゴスペル・アーティストとして世界中で知られるようになりました。

これだけの大ヒット曲を書いているにも関わらず、楽曲を書くための理論などは説明できないといいます。あるテレビインタビューで「大ヒット曲を生み出すコツは何でしょうか?」という問いに「特にないんですよね~。それに自分を優秀な作曲家だとも思っていませんし。ひとつだけ言えることは、作曲家である前に自分はメッセンジャーでありたいと思っていること。誰かに神様からのメッセージを伝えたいという思いで、曲を書きます。コツと呼べるかどうかわかりませんが、曲のアイデアが浮かんできたら、自分の魂がそのメロディーや歌詞に動かされるかどうか・・それを優先的に考えます。“きた~!”って思う言葉や音がひらめくと、それが他の人の魂も動かしていき、ヒットにつながるのだと思います」

The Christian Post:グラミー賞でのイズラエルさん

イズラエルさんの曲は、アップテンポで軽快な曲が多く、心が躍るようなものが多いように思います。しかし、楽しそうな曲を書く背景には、彼の過去の悲しみが大きく影響しているようです。アメリカのクリスチャン・ブロードキャスティング・ネットワークのインタビューで「私はこの世に生まれなければ良かった存在だった」と、自分の子どもの頃の話をしています。

「私の母はピアニストとして将来を有望視されていた白人女性でした。17歳のときに私を身ごもり、相手は当時のボーイフレンドだった黒人男性でした。1971年のことです。当時は黒人と白人の結婚など一般的ではありませんでした。母の両親は当然反対し、中絶するように言いました。〝娘はまだ若く、明るい未来が待っている。まだやり直せる!” 黒人の子どもを産ませるという選択は両親の中にありませんでした。母の妊娠は家族にとって“事故”のようなものだったんです。

しかし母は子どもを産みたいと言い、家を出たそうです。そして、私の父と一緒に暮らし始めました。ところが母が妊娠8か月になったころ、私の父は母を置いて出ていってしまいました。まるでドラマのようでしょう?母の両親はアイオワ州にいて、母はカリフォルニア州にいました。距離は2500キロ以上です。そして黒人の子どもを妊娠している。そんな若い女性の精神状態を想像してみてください。母は不安に耐えられなくなり、薬物に手を出したそうです。ある日、母はイエスの声を聞いたそうです。“心配することはない。お前は正しい選択をしたのだ。私はあなたを愛している。私を信じていれば、すべては上手くいく。私はそれをお前に伝えにきたのだ”と言ったそうです。その言葉を聞いたときに母は道路の角で膝をつき、主イエスに従うことを決意したそうです。

Charisma Magazine

私が7歳の時に初めて、母の父(私の祖父)に会いました。親戚の子どもたちが走り回って楽しんでいたので、私も同じようにその中に入りました。すると、祖父は私だけを遠ざけました。祖父は私を他の子どもたちと同じように扱うことができませんでした。私はずっと“私は生まれて来なければ良かった子どもなのだ”と思っていました。

しかし、旧約聖書の詩編139を読んだとき、その思いが打ち消されました。“神が母の胎のうちで私を組み立てられた”。神様が私を創ってくださり、そして理由があって今生かされていることを知りました。愛されない悲しみや差別を受ける苦しみは、他の人たちを音楽で救うために私に与えられたものだと知りました。それからは、教会に来る人、コンサートに来る人、すべての人を大切にしようと思えるようになりました。そして私の音楽で人々の苦しみを和らげようと心から思えるようになりました。

日本でもアメリカでも「望まれない妊娠」の中絶については、賛否両論あります。私はオレンジゴスペルの活動を通して、さまざまな方にお会いする機会があります。今回これを書きながら、四日市キリスト教会でオレンジゴスペルを開催させていただいたとき、牧師の大竹先生からご紹介された「ライフホープネットワーク」という団体のことを思い出しました。

wikiHow

2012年10月に放映された中京テレビの文化庁芸術祭参加作品「マザーズ『特別養子縁組』母たちの選択」の冒頭、「生まれ出たこの命がどこへ行こうとしているのか・・・」。生まれた命が、どのような一生を送るのか・・・これは、誰にもわかりません。イズラエルさんのお母さんは、肌の色が違う子どもをシングルマザーとして育てるという、信じられない選択をされました。誰もが「そんな無謀な!」と思ったことでしょう。しかし、神様はイズラエルさんとお母さんを祝福したのです。

イズラエルさんは、2016年の夏、トーク番組の司会者で女優のエイドリアン・ベイロンと婚約発表し、その後、母教会のレイクウッド教会(テキサス州ヒューストン)に戻ったとクリスチャン・トゥデイで報じられました。彼は、この教会のワ―シップリーダーをつとめていましたが、20年の結婚生活にピリオドを打ったことに対してけじめをつける形で教会の仕事を無期限で休職していました。夫婦でありながら、5年以上も別居生活をし、ワ―シップリーダーとしてふさわしくない・・・という理由でした。離婚によって教会員を失望させてしまったという後悔で、辞任されていたそうです。

BellaNaija:エイドリアン&イズラエル

2016年11月にはパリで結婚式を挙げられ、アメリカのメディアに沢山の素晴らしい写真が掲載されました!新たなパートナーを見つけることができ、教会に戻ることもでき、気持ちも新たに再スタートというところでしょうか。人として、音楽家として成長されたイズラエルさんは、更に素晴らしい音楽を私たちに届けてくださるのではないでしょうか。今後も楽しみですね!

2017年3月28日 文:打木希瑶子

BellaNaija:パリでの’挙式