創立者(打木希瑶子)紹介

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打木希瑶子は、スピリチャル、ゴスペル、インスピレーショナル音楽を中心とする音楽プロデューサーとして、ニューヨークのハーレムに在住。

2000年、ゴスペル音楽の本格エンターテイメント「GOSPEL NOW」をタレントの三宅裕司氏が代表を務める「スーパーエキセントリックシアター(SET)」の全面協力を得てプロデュース。2001年-2006年ま で、毎年のようにジャパン・ツアーが行われていた。また、2005年の愛知万博では、渡辺貞夫プロデュース 「ジャパンウィーク」のステージのために「NYハレルヤ・カンパニーJrs」を結成し、3度に渡り来日させた。

順風満帆に見えたその頃、2005年の結婚を機にNYへ移住。しかしながら、それは波乱の人生の幕開けとなった。結婚後、すぐに始った夫からの DV。華やかなステージの裏で鬱病に悩まされ始めた。その後、病状は悪化。全く仕事が手につかなくなり、2006年末にSETを退社。プロデュース活動の 中止を余儀なくされた。

カウンセリングを受けながらの療養生活が続く中、NYの友人や関係者からの暖かい支援を受けながら少しずつ回復の兆しが見えてきたのは、1年後。このサイトは、社会復帰の手段のひとつとして、2008年3月に立ち上げた。10月には、NYのアジア人女性をDVから救うNPOである「アジアン・ウーマン・センター(NYAWC)」の資金集めパーティーにて、DV被害者女性として初めて、参加者の前で自らの体験をスピーチ。勇気ある行動が称えられた。

同年11月は、大阪サンケイ・ブリーゼ・ホールのオープン記念として、ゴスペル界のディーバ「ヨランダ・アダムス」の初来日を手がけるという大仕事を病と闘いながらこなした。

ゆっくりと病状は回復に向かい、2009年には、NY法人「NYハレルヤ・カンパニー」を設立。ゴスペルやスピリチャル音楽系の公演&イベントのプロデュース、ボーカリストの育成、アーティストのエージェント業務を開始した。プロやプロ・ボーカリストのためのレベルの高い「ボーカル・クリニック」は、プロの間で口コミが広がり、毎年多くのボーカリストが受講している。このクリニックは単なるボーカルトレーニングではなく、コーチングやセルフ・プロデュースなどプロになるためのメンタル・トレーニングをを含むもの。このクリニックをきっかけに、プロボーカリストのNao YoshiokaやアメリカでCDデビューしたNobなどが、アポロのアマチュアナイトやマクドナルド・ゴスペルフェストへも出場し、プロへの道をつかんでいる。

2014年、ゴスペル&スピリチャル音楽レーベル「Pure Soul Music」をスタート。NOBのデビュー曲「Find My Way」をプロデュースし、全米にリリースした。

また、2009年より日本の「子ども虐待防止オレンジリボン運動」のサポーターとなる。「虐待の加害者は、元被害者であることが多い。子どもの頃の虐待 体験を減らすことがDV撲滅につながる」と、自身のプロデュースツアーをオレンジリボン運動推進のために役立てる事を決意。その第一弾として、 2010年アメリカの国宝級といわれる「ハーレ ム・ブルース&ジャズバンド」初来日公演をプロデュース。その模様は、アメリカのフジテレビ系TV「FCI」でも報道され、また毎日新聞やNYの日系新聞 にも取り上げられた。

オレンジリボン運動の活動は「オレンジゴスペル」と名付けられ、現在も続いている。NYからアーティストと来日し、全国の有志達と共に各地でゴスペル・イベントを開催し「子育ては、合唱のようにみんなで!」と、虐待防止への理解を呼びかけている。2012年から、自身の体験を公開。NYの日系紙「よみタイム」や日本の「クリスチャン新聞」にも取り上げられた。また、NYでもNY日本領事大使公邸で行われた外務大臣賞の表彰式にNYAWCのゲストスピーカーとして招待された。

2009年より、マクドナルド・ゴスペル・フェストの日本語プレスと特別ステージ枠のプロデュースを担当。2014年のステージの模様は、TV放映されるほどの反響があった。同年より、ユース・アセンブリー@国連本部の日本 グループ世話人を担当。グラミー賞アカデミー・メンバーにもなった。

2011年には、NYジャピオン刊行の「ニューヨークのたくましき日本人たち100選」にも登場。同年3月11日の東日本大震災後は、Don’t Give Upプロジェクトを開始。ニューヨークのソング・ライター「ダニー・イーソン」氏が書き、日本のアーティスト「木下航志」と録音した「Don’t Give Up」を使い寄付を募った。収益金は、2011年分はNYの日本総領事館へ、2012年から4年間、福島での無料ゴスペルワークショップ開催に充てられていた。

2011年は、他にもNHK BS「Amazing Voice」のゴスペル取材の制作にも関与。2012年は、「琉球チムドン楽団」のアメリカ公演をプロデュース。

2009年より、マクドナルド・ゴスペル・フェストの日本語プレスと特別ステージ枠のプロデュースを担当。2014年のステージの模様は、TV放映されるほどの反響があった。同年より、ユース・アセンブリー@国連本部の日本 グループ世話人を担当。グラミー賞アカデミー・メンバー。 2011年には、NYジャピオン刊行の「ニューヨークのたくましき日本人たち100選」にも登場。

2015年1月より、ニューヨークのハーレムで1917年に設立された歴史ある教会「ベッセル・ゴスペル・アッセンブリ―」に日本語ミニストリーの設立を求められ、ニューヨークに住む日本人のためにバイブル研究会やカウンセリングなどのボランティア活動も開始した。毎週日曜日には日本人訪問者を無料で受け入れており、ウェブサイトでは毎週の礼拝メッセージを日本語で紹介している。2016年からはハーレム在住でライターの堂本かおるさんが行っているゴスペルツアーの中にも組み込まれている。

2015年2月現在