The “Can” of God; Proposition your position

このページは、私が日本語ミニストリーを行っているニューヨークのゴスペル教会「ベッセル・ゴスペル・アセンブリー教会」の礼拝メッセージを元に書かれているものです。聖書は今やクリスチャンのものだけではありません。なぜなら、みなさんのビジネスや生活のヒントになるメッセージがいっぱい詰まっているからです!人生のマニュアル本として、みなさんと一緒に学び、より心豊かな人生をおくりたく思います!フェイスブックやツイッターなどSNSでのシェアは、ウェルカムです!

そして、NYに来たら是非、私の教会にいらしてください!無料で素晴らしいゴスペル教会の礼拝に参加することができます!また、新しく始まったニューヨークのゴスペルツアーにも私の教会訪問が組み込まれています!ライター&ガイドの堂本さんによる黒人文化の歴史レクチャーは最高です!ハーレムを散策しながら学んだ後に教会まで連れて来てくださるので、教会訪問が更に楽しめます!是非ご利用ください!

July 4th(画像:www.rockvillemd.govより)

アメリカの独立記念日の前日とあって、日曜日の礼拝は観光客でいっぱい!そんな日曜日のメッセージは、独立記念日の打ち上げ花火よりもずっと心に残るものでしたよ!早速、ブラウン牧師のメッセージをお読みください。

ブラウン牧師「旧約聖書イザヤ38章にヒゼキヤ王の寿命が神の手によって伸ばされたという記述があります。今日は、そこから見ていきましょう。」

このお話を簡単に説明します。エルサレムがアッシリアの包囲を受けていた大変な時期にヒゼキヤ王は病に倒れ、命が終わろうとしていました。この頃、王はまだ39歳ごろだったそうです。生涯まだ半ばであり、国が敵に囲まれている大事な時期。そんなときに死期を迎えるとは、さぞ心残りだったのでしょう。身動きが取れない病人です。壁に向かって大泣きし、”寿命を延ばして欲しい”と神に祈りました。

stdas0470あまりに強く祈った王を見て神は15年の寿命延長をしました。紀元前686年に王は亡くなっていますから、このお話は紀元前701年ごろのお話だったと思われます。(画像:bibleencyclopedia.comより。預言者イザヤに死を宣告されたヘゼキヤ王)

ブラウン牧師のお話に戻ります。「さて、昨今はインターネットの普及でネット上にさまざまな情報があふれるようになりました。自分が岐路に立たされたり、困ったことがあると、ネット上に”私はこういう状況なのですが、皆さんならどうしますか?”などと呼びかけているのをよく見かけます。しかし、ネット上であなたにとって本当に正しい答えは見つかるでしょうか?」

「文明が発達していなかった時代、私達人間は、もっと神に近かったのではないでしょうか?一国の王が神に祈り、神に答えを求めているのです。そして神はその王の祈りにすぐに応えています。決まっていた寿命を神はいとも簡単に伸ばすことができました。私たちは、神に不可能がないことを忘れてはいないでしょうか?そして、神とつながることを忘れているのではないでしょうか?」

「多くの人間は、100%神の望み通りの人生を送ってきていないはずです。しかし、自分が死期に直面したき、あっさりと死を受け入れる人もいれば、この王のように神に懇願する人もいます。寿命を延ばしてもらうのに、ただ延ばしてくれと頼んでもそれは無理な話。残りの人生を神に捧げると誓いを立てなくてはなりません」

「私達夫婦も神に寿命を延ばされたのではないかな・・・という経験があります。妻は癌の告知を受け、医者は妻の寿命を告げました。しかし、こうして妻はまだ生きています。それは、彼女が神に与えられた仕事を余命の中でやり遂げなくてはならないからでしょう。医者が不可能だと言っても、寿命を決めるのは神なのです。」

hqdefault「私も交通事故にあいました。1974年のことです。当時、皆さんもそうだと思いますが、シートベルトなどしている人は誰もいませんでした(笑)。もう私の命は終わった・・と思える大事故でしたが、翌日何の痛みもなく元気でした。まさか私がこの教会の牧師になるなどという仕事が将来あるとは思ってもみなかった・・・。牧師になりなさいという神の答えを知ったとき、私は素直にそれに応じる決意をしました。なぜなら、私はあの時に神が私の命を救ったと思っていましたし、神の答えは100%確実だと知っていたからです。」(画像:www.youtube.com)

「きっと長く生きている皆さんには、私達と同じような経験があるのではないでしょうか?”神様は、私の寿命を延ばしたのではないか・・?”という瞬間があったのではないですか。しかし、多くの人は”神様、命を助けて!”と命乞いし、生き延びた後には忘れてしまって、そのまま当たり前のように残りの人生を過ごしてしまっています。」

「今こうして生きている私たちの命は神に守られているのです。この時間を決して無駄にしてはなりません。旧約聖書詩篇34の詩を見てみましょう。”私の口には、いつも主への賛美がある””私が主を求めると、主は答えてくださった””主の目は正しいものに向き、その耳は彼らの叫びに傾けられる”」

modern-day-miracles1「この世の中には、人間の力で解明できないことが沢山あります。人はそれを奇跡と呼びます。あなたが神とつながってさえいれば、恐れるものは何もありません。イエスの残した言葉を見てみましょう。新約聖書ルカ10章17節から20節です。神とつながっていれば、悪魔の誘惑から打ち勝つことができます。」(画像:www.godisreal.todayより)

「またイエスの死後の弟子の記述を見てみましょう。ピリピ人の手紙3章13節から14節にあります。自分がすでに終わったなどと思ってはならず。過去の自分の良くない行いは忘れ、ただひたすら前に向かって進み、目標を目指して一心に走れと書いてあります。過去の自分を忘れて良い理由は何ですか?イエスが皆さんの変わりに罪を償ったからですよね?あなた方は今、神によって生かされているのです。自分の役割が何なのか、祈りつつ神に答えを求めてください。そして、わかった人は行動を起こしてください。自分の役割が何なのか、わからずに迷い苦しんでいる人たちも沢山いることでしょう。しかし、神は答えを持っています。必ず神はあなたに答えをくれます。神を信じ、祈り、神からの答えがわかったその日から、その神の答えに応えていってください。」

先日、日本の記事で「お祈りメール」という日本語を見ました。就職や学校の不合格通知で良く見る「今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます」のことだそうです。これに対して多くの人が違和感や不快感を覚えると書いてありました。それは、なぜでしょう?今の日本の社会では、日常的「祈り」などありませんよね。なのに、こんな時だけ「見知らぬ人」から見え透いた「祈り」という言葉を使われるから、不愉快に思うのではないでしょうか?この場合の「祈る」が明らかに嘘に聞こえるし、単純に「不合格です」とだけ書いてくれたほうが、私はよっぽどスッキリします。日本の多くの人が神とつながり、日常的に祈りがあるような社会になるといいですね。私の今週の祈りに加えます。

4d311a73-6cdf-46d0-91f2-fc03f5877ea02016年7月3日のメッセージより

文:打木希瑶子