血は水よりも本当に濃いのか?

先日、久々に日曜礼拝のメッセージを礼拝堂で聞きました。いつもは大体、日本人の訪問者がいるため、私はブラウン先生のメッセージを原稿を見ながら録画で聞くことになります。しかし、やはり生で聞くのと録画を見ながら聞くのとでは、感覚的に大きな違いがありますね。うちの教会も含め、礼拝の様子をネット配信している教会が増えましたが、教会の礼拝に参加することの大切さを今日はとても感じました。やはり画面で見るものと「ライブ」は全然違いますね!

その日のメッセージを聞いていて私はタイトルにした通り「血縁関係」について考えさせられました。もちろん親はとても大切ですし、どんな状況にあっても私を助けてくれる大事な人です。私は親を愛していますし、親も私を愛していると思います。でも、もし私に何らかの理由で親がいなかったとしたら、私は寂しくて悲しい人生を必ず送らなくてはならないのでしょうか?

今日のメッセージに登場したのは旧約聖書に出てくる「ダビデ」。イエスが生きていた時代、ユダヤの国では「ダビデは神が定めた王」であると讃えられていました。また、ダビデは新約聖書を読む中で必ず説明が必要になってくる重要人物です。福音書の中でも、イエスのことを「ダビデの子」と呼ぶエピソードが出てきますからね。が、今日のメッセージの話の中心は、そのダビデではなく「ダビデの母」についてでした。

ダビデ像(ミケランジェロ)

ダビデの母の話になると、旧約・新約聖書をいくら注意深く読んでも記載がない。ユダヤの王、王の中の王・・・などと讃えられたダビデの母が誰なのか、わからないのです。たとえばイエスについてはマリアが母であることは有名な話です。養父のヨセフよりも、母マリアの方が断然有名ですよね。しかし、ダビデの場合、父が誰であるかは記載があるものの、母についてはありません。母の名を隠したい理由があるのかもしれません。世界中の多くの国では、母の日のほうが父の日よりも盛大に行われます。(男性の皆さん、ごめんね!でも、事実だから!笑!)息子のダビデが、これだけ有名人になったのに、お母さんが全く登場しないのは不思議です。その上、ダビデは一番下の弟でお父さんは彼に期待はしていなかったようでした。ダビデの親は有名人でも特別な人間でもなかった。でも、神様はサムエルを通して羊飼いの若者ダビデを王にするという奇跡を起こしました。彼が王になったことには血縁関係は全く関係ありません。

日本を見ると政治・ビジネス・芸能の世界もジュニアが注目されますよね。でも血縁関係でその人の人生が決まるのはちょっと違うのではないかなと思うのです。実はこの世には、血縁関係よりも濃い関係が存在するのではないでしょうか?

先日の日曜礼拝でブラウン先生の話の前にゲストとして登場されたフルート奏者のシェリー・ウィンストンさんの話にも、ご両親は出てきませんでした。彼女は黒人ジャズ・フルート奏者。若い時にコロンビアレコードのお偉いさんに見いだされて、世界的に有名なフルート奏者になる予定だったそうです。コンサートも録音も決まっていて、音楽家として大成功する未来が待っていた時、彼女はその男性の自宅に呼ばれたそうです。20代の女性が自分よりもずっと年上のお偉いさんに呼ばれても、全く相手が男性という意識がなかった。有能な音楽家を家に招待してくれた・・と思って、喜んで訪問した。ところが、そこで肉体関係を迫られ「僕が君をスターにする」と言われたそうです。まあ、私たち音楽業界には良くある話で、決して珍しい話ではないのですが・・・。

彼女はその時、反射的に彼の家を去ってしまったそうです。彼女は有名になりたかった。でも自分のスピリットが「No!」と言っている。自分に嘘をつくことはできなかったそうです。案の定、入っていた仕事は全部キャンセルされ、彼女がスターとなる道は絶たれてしまいました。もちろん、がっかりしたでしょう。しかし、彼女は別のインスピレーションを天から感じたのだそうです。

シェリー・ウィンストン「For Your Love」

「私に音楽の才能を与えてくださったのは、神様。だから、神様がきっと別の方法で私を音楽家の道に導いてくださるはず!」そして彼女は別の方法でニューヨークタイムズ紙やビルボードに登場したり、大統領の前で演奏するほどの音楽家・ビジネスウーマンとして成功しています。また、いろいろな会場でも、このエピソードを伝えているそうです。「自分の魂が喜ばないことはやるな!迷ったら魂の喜ぶ方へ進め!」彼女は自分の魂に正直でいたことで、神様の恵みを受けることができました。彼女曰く「あなたが神様の望んだ道に進めば、必ず神様が誰かを使って、あなたをサポートしてくれる」のだそうです。ここにも血縁関係はありません。

私は家族に音楽関係者はいません。子どものころから算数や理科などは、いくら頑張っても良い点数が取れなかったし、運動も全くダメでした。でも音楽だけはとっても好きだったし、努力しなくても学校ではいつも良い点数が取れました。英語もテストの点は決して良くなかったけど、大人になって耳から覚えたら、話すことも聞くこともできるようになりました。私はやはり耳を使うと色々なことがスムーズにいくようです。私にとっては「耳」が天からのギフトだったのでしょうね。でも、音楽がいくら好きとはいえ、まさか音楽でご飯を食べることができるようになるとは思ってもみなかった。ましてや海外に住んで自分で仕事をするなんて、私が描いた人生からは大きくかけ離れています。ここにも血縁関係は関係ありません。

週刊NY生活でのインタビュー記事

ダビデの話~シェリ―さんの話~私の話・・と、その人が持っている才能については、どれをとってもそこに遺伝的なものが存在しません。つまり、一人一人の才能はやはり天からの来たものなのではないでしょうか?自分が興味をもったり、やってみたくてたまらないもの、やっていて苦にならないものは、家族や環境などには関係がなさそうなのです。

シェリーさんは最後に「自分の情熱のままに生きるべき!夢は捨てるべからず!」と言ってました。自分の身近な人たちが自分の才能に気づかなかったとしても、必ず神様は気づいてくれる誰かのところに導いてくれるはず。何らかの道を作ってくれるというのです。そしてブラウン牧師も「子どもや若者の才能や可能性を家族が奪ってしまわないように!家族が才能を伸ばせないのであれば、コミュニティが伸ばしてあげる機会を見つけてあげるべき。私たちの教会は、子どもたちの才能を開花させることができる場所にしよう!」と言いました。やはり血縁関係よりも太いパイプが私たち一人一人にあるようなのです。そしてそのパイプは目には見えませんが、ひとりひとりが天とつながるものなのでしょう!

これはオレンジゴスペル(子ども虐待防止運動の啓発活動)で私が唱えている「みんなで子育て」にもつながるメッセージです。親が理解してくれないから、お金がないから、親がいないから・・・いろいろな理由で子どもたちは神様からのギフトを生かせないままに大人になってしまいます。日本人は死を迎えるとき「あの時、ああすれば良かった」と後悔しながら死んでいく人が多いと聞きます。これを読んでいる皆さんの中にも「今の自分と子どもの頃の自分とは全く違うなあ~」と嘆いている人がいるかもしれません。

夢を見られなくなった若者たちは、生きる意味を見失って、自殺に追い込まれていくこともあります。このところ、アメリカも「成功者の自殺」のニュースが話題になっています。一見成功しているように見えても、彼らは本当は自分の魂が喜ぶことをしていなかったのかもしれません。フェイスブックなどの影響で私たちは色々なひとの生活を覗き見ることができるようになりました。しかし、一見楽しそうな生活をしているように見えても、実は心の中は満たされずに寂しい人生を送っているのかもしれません。一見、リアリティがあるように見えるSNSの世界ですが、実は空虚感いっぱいの「幸せを演じているだけの」むなしい世界なのかもしれません。

神様は何度でも人間にやり直す機会を与えるためにイエスを十字架にかけました。自分の後悔や失敗はすべてイエスが肩代わりしてくれるのです。そう信じる方は、今からでも遅くはない。自分の魂が喜ぶ選択をしていってはどうでしょう?あなたの人生は、あなただけのものです。あなたの才能もあなただけのものです。そこに血縁関係の影響はありません。なぜならあなたは神様の子どもだからです。

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2018年6月14日

文:打木希瑶子