Keep it real, Keep it moving, and Make it right!


2月はブラウン先生のお話がなかったため、この日の教会礼拝では1か月ぶりのメッセージとなりました。今回は教会メンバーへ向けたブラウン先生の思いをお話されていますが、企業や学校にも共通するメッセージだと思います。是非、クリスチャン以外の方にも読んでいただき、お仕事や生活に生かしていただきたいです。

ブラウン先生はまず、ルカの福音書9章23節を読み上げました。「“私についてきたい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、私に従いなさい”イエスは、そう言われました。私たちは聖書を日々勉強しています。そして過去から学ぼうとしています。私の先生であり、この教会の前主幹牧師であったウィリアムス先生は私に“カールトン、過去の中で生きてはいけないよ。過去から学ぶことと、過去に縛られて生きることは全く違うことだから”と言いました。教会で毎週スクリーンに出してみんなで読み上げている私たちの教会モットー“Loving, Learning and Launching Church!”(愛し、学び、影響を与える教会)は、私が17年前に神様からいただいたインスピレーションから作ったものです。3つのLがある教会としてこれまでやってきましたが、最近になって私は4つ目のLをモットーに加えたいなと思って、ずっと考えていました。そして、私たちに次に必要なLは、Liberating(解放する・増加する)ではないかと思いつきました。私たちはもっと広がらないといけないのです。」

Yelp:Bethel Gospel Assembly “A Loving, Learning & Launching Church”

「“広げる”というと、皆さんは“領土を広げる”とか“建物を大きくする”とか、そういうことを意味すると思われるかもしれません。確かに私たちはイエスの残したメッセージをを広げていかなくてはなりません。コリントの手紙2の17節に“主は御霊です。主の御霊があるところに自由があります”と書いてあります。領土や建物が大きくなっても、そこに御霊がなければ、そこにいる人たちは自由になることができません。私たちは領土や建物ではなく、そこにいる“人”を大切にしなくてはなりません。そこに御霊があるかどうかを大切にしなくては意味がありません。バイブルを抱えてもっともらしいことを言っている牧師やクリスチャンが集まる教会には、もう人は集まりません。なぜなら、そんなことは今の時代に合っていないからです。教会の礼拝のスタイル、伝道の仕方、聖書の勉強の仕方など、現代社会にあったものが必要です。時代に合わせた“生きた教育”が必要なんです。」

「クリスチャン教育の中で“改革”が必要なのです。しかし改革すれば良いというものでもありません。多くの人間が行う“改革”は自分たちだけが満足する改革、自分たちだけが格好良く見えるための改革、自分たちだけが目立てるような改革・・・つまり“自分”のための改革であることが多いからです。私たちの教会が行う改革は“神のための改革”でなくてはなりません。」

Beliefnet:6 Reasons Young Adults Leave the Church

「私たちは、聖書に残されたメッセージを次世代に繋いでいかなくてはなりません。しかし、多くの教会礼拝を見てください。若者の姿がありません。若い人は、なぜ教会に来ないのでしょう?あるレポートによると、理由は6つあるのだそうです。1.ジャッジされたくない(今の若者は性同一障害や同性愛者なども多い。クリスチャンは、それを認めないし、差別する)2.必要性を感じない(インターネットなどを通して自分で情報も得られるし、ネットワークも作れる。教会での人間関係が必要とは感じない)3.優先順位が低い(やることが色々あるので、教会に毎週行くというスケジュールを組みたくないし、教会の人たちも”神様を最優先にしている”から通っているというように思えない)4.政治色に染まりたくない(多くの教会は支持政党をもっていて偏った意見をもっている。支持政党を押し付けられるのは嫌)5.孤立した人たちの集まりという感じがする(世離れした人、現実を見たくない人の集まりという気がする)6.しきたりにこだわるのが嫌(宗教儀式やしきたりにこだわり過ぎる人が多く面倒)その他にも、“説教者がいっぱいいて面倒臭い”、“昔が良かったという話を押し付けられる”、“私たちを若いという理由で見下す”、“奉仕を強要する”、“おとぎ話のような現実味のない説教を聞かせる”、“私たちの話を聞いてくれない”“神が苦難を取り除いてくれるというが、それを取り除いて欲しいからクリスチャンになるという考えはおかしいのではないか?”など、若い人たちは教会が自分たちの通いたくなる場所ではないと言っていました。しかし、彼らは神様を信じていないわけではありませんし、聖書の勉強に興味がないわけでもありません。彼らが勉強したいと思っても、自分たちが行きたいと思えるような教会が単にないのです。今の時代にあった教会を見つけるのは非常に困難なのです!」

「たとえば、若い人たちが興味を持つ“性”についての話題。教会や家庭で大人は、その手の会話を避けようとします。しかし、それではいけない。なぜなら、今は彼らはインターネットを使って情報を収集してしまうからです。彼らの信用できる情報はネット世界にあり、家庭や教会にはないのです。大人たちが性についての話題を避ければ“セックスは悪いことであり、人前で話してはいけないこと”だと若者たちは思うでしょう。それにセックスへの間違った知識を持つかもしれません。愛する人とのセックスは悪いことではないはずですし、セックスによって私たちの命は生まれているわけです。教会でそういうことを気軽に話せる大人がいたらどうでしょう?そして、神様の示す性への考え方を教えてもらえたらどうでしょう?若者は教会に通いたくなるのではないでしょうか?」

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「一人一人のクリスチャンが“発想の改革をしていかなくてはならないと思います。今年、私たちの教会は100周年を迎えます。しかし、ウィリアムス先生が、もしここにいたら”100周年記念のお祝いばかりしないで、これからの100年をどうするかを考えろ!“と私に言うことでしょう。クリスチャンになる・・・それは単に入り口の”鍵“をもらっただけ。現代社会のセキュリティーは厳しくなっていて、鍵だけでは扉は開きません。”暗証番号“が必要でしょ?私たちは、今そんな時代にいるんです。世の中には暗証番号を知らない牧師が多すぎて、現実味がない礼拝ばかりを行っています。そんなところに若い人は来ない。私がそんなことをしていたら、100年後にこの教会には立派な建物だけが残されることになるでしょう。」

「今の若者は恵まれていて、苦労を知らない・・・と大人は言います。しかし、本当ですか?大人が彼らの苦しみを理解できないだけではないですか?大人や社会が自分たちの知識だけで若者を押しつぶしてはなりません。あなた方大人の子ども時代と、今の若者の子ども時代は、全く環境が違うのです。指導者たちが、いつまでも同じ資料を使って講義しても、リアリティがなさすぎるのです」

「そして、この礼拝堂にいる若い皆さん、うるさい大人たちの声など無視しなさい(笑)!神様は、あなた方の苦しみや悩みを知っています。ですから、神さまの声に耳を傾けてください。この教会は“これからの100年を考える教会”になっていきます。私がこの教会のリーダーである限り、その方針は変わりません。そのためには、あなた方のような若い人たちが必要なのです!結婚したい人、是非この教会に来てください。結婚している人、是非この教会に来てください。もう一度結婚したい人、是非この教会に来てください(笑)!また、来週も絶対に来てくださいね!」ブラウン先生のスピーチは、このように終わりました。

募集チラシ(表)

私は今ちょうど、マクドナルド・ゴスペルフェストに出演する方々を募集中です。このゴスペルフェストは、ニューヨークを中心に600以上のマクドナルドのオーナーさんが協賛し、34年前から若い人たちの大学進学をサポートするために続けられています。エミー賞プロデューサーであるカーティス・ファローさんが、このイベントを始めたときは、本当に小さなイベントだったそうです。しかし、その後大きくなり、マディソンスクエア・ガーデンで開催されるようになり、現在は更に大きなプルデンシャル・センターで開催されるようになりました。2万人の観衆が心を一つにして神に向かって賛美する姿は、圧巻です。私も最初に観客の一人として、このフェストに参加したときは「信じられない光景」だと思いました。「これが神様が人間に作って欲しいと望んでいる世界」なのだと思いました。

しかし、そんなゴスペルフェストにも、ここ数年変化が起きています。10年前はこのフェストのコンテストに3万人の応募がありました。昨年は2万人、今年はその3分の1の1万人だったそうです。若い人たちのゴスペル離れは、しっかりと数字に表れています。ゴスペル音楽に興味がない、教会に興味がない、聖書に興味がない・・・。「形だけのキリスト教」という宗教だけが残り、教会という建物だけが残り、神様のメッセージを無視する世の中が残るのではという危機感におびえます。これは、誰の責任でしょうか?私達大人の傲慢と怠慢がそうさせているのではないでしょうか?

日本では音楽教室などでゴスペルクラスがあります。生徒はほとんどがノンクリスチャン。中には指導者がクリスチャンではないクラスもあります。商売としてゴスペル教室が成り立つというのは、欧米からみると不思議な光景です。「クリスチャンでもないのに、ゴスペルを歌う(教える)なんて失礼な話!」と日本でのゴスペル音楽市場に嫌悪感を持つ人は国内外でいます。しかし、それは本当にいけないことなのでしょうか?私は日本でのゴスペル教室は「神様が作ろうとしている世界への扉の一つ」だと思っています。

TES

私はクリスチャンの家庭に育ったわけではありません。私は小さいころからクラッシックピアノを学んでいました。そして、バッハやヘンデルなどの教会音楽に魅かれていきました。友人に誘われて日曜学校にも時々通い、聖書の考え方に興味を持ちました。クラスメイトのキリスト教式の葬儀にもカルチャーショックを受けました。「私の教会に来てみませんか?」と大人になってから見知らぬ人に誘われたとき、私はなぜかすんなりと教会に行き、気がついたら洗礼を受けていました。洗礼を受けた理由は「あの感動的なお葬式はクリスチャンにならないとできない」と思ったから。全くいい加減な理由です。

つまり、きっかけがなければ、イエスとの出会いは私には来なかったのです。イエスと出会うということは、キリスト教という宗教集団に入ることだと勝手に想像していましたし・・(苦笑)。そんな私でも、今はイエスのいない人生など考えられません。もしも、出会うことができなければ、きっと私は今でも人間社会の常識にこだわり、決められたレールに乗れない自分に嫌気がさし、落ち込み、自信を失い、とっくに命を落としていたかもしれません。

私は一人でも多くの人にイエスに出会って欲しいと思います。聖書の中には「人にしてもらいたいと思うことは何でも人にしなさい」と書かれています。私はイエスと出会えたことで、今も命があり、母になることもでき、音楽の道に進みたいという夢も現実になりました。世の中には、まだイエスに出会えていない人が沢山いる。神様と繋がるということが、どういうことかを知らない人が沢山いるのです。私も誰かがきっかけをくださったように、私も誰かにきっかけを作ってあげたい・・・そう思って、私はゴスペル音楽プロデューサーという道を選びました。これは決して楽な道ではありません。「ゴスペル音楽を使って商売するなど、クリスチャンとしていかがなものか。」と非難されることもあります。「牧師だって聖書を使って給料もらっているではないか」と、もし誰かが言ったら、その方はどう答えるのでしょうか?

pimppreacher.com:From Gospel Singer To Gospel Pastor

アメリカではプロのゴスペル・アーティストがいて、彼らは新しいゴスペル曲を書き、録音してそれを世に出し、販売して生活をしています。入ってくる収入は「神からの恵み」であり、感謝して受け取っておられます。また、彼らの楽曲に励まされ、多くの人がイエスに出会うきっかけを得ています。また、ゴスペルを歌い始めたことがきっかけで牧師として教会を立ち上げた人たちも沢山います。これは、いけないことなのでしょうか?

神様からの導きをいただき、私はゴスペルフェストでのステージの一つをプロデュースさせていただいています。おかげさまで、このステージはアメリカのメディアも常連客も楽しみにしてくださるステージになってきました。このツアーは日本では体験できない貴重な出来事が満載で、私も毎年参加者と一緒に感動の涙を流しています。今年もフェストだけでなく、TV出演や2000名の礼拝でも賛美させていただけることになっています。きっと今年も参加者は神様の存在を確信し、日本に帰ってからも多くの人に素晴らしかった経験を話してくださることでしょう。

「Keep it real, Keep it moving, and Make it right!」という今回のメッセージは、今世界中に必要なものだと思います。私達は今、世の中の状況をしっかりと見て受け止め、そのうえで修正を加えながら、神様の望む世界を作れるように行動を起こしていかなくてはならないのです。

Gospel Now: McDonald’s Gospel Fest 2014

日本の皆さん、ニューヨークのクワイヤーメンバーと一緒に、今年も2万人のステージで、2000名の礼拝堂で賛美しましょう!今年100周年のベテル・ゴスペル・アセンブリー教会では、主幹牧師のブラウン先生も、音楽監督のボビー・ソボロ―さんも皆さんを待っています!思い切って参加することにより、新しい人生の扉がきっと開くはずです!ニューヨークで共に素晴らしい時間を共有しましょう!

2017年3月6日
文:打木希瑶子