ディオンヌ・ワーウィック

2010年マクドナルド・ゴスペル・フェスト出演セレブ

5度のグラミーに輝いたアメリカを代表する女性ボーカリスト

ディオンヌ・ワーウィック

 

(写真上:ディオンヌ・ワーウィック公式サイトより)

1940年ニューヨークのお隣にあるニュージャージー州の出身。イースト・オレンジにあった教会で歌い始めたのが歌手としてのキャリアのスタート地点。妹のディーディーと一緒にゴスペル・グループThe Gospelairesを結成します。

1960年代は、コネチカット州のThe Hartt College Of Musicに進みながら、NYでダイナ・ワシントン ブルック・ベントン、チャック・ジャクソンソロモン・ バークなどの有名人とセッションを行うようになっていました。1962年に ザ・ドリフターズ とセッションを行っている際に、バート・バカラックの目に留まり、彼の楽曲のデモを作らないかと声をかけられます。(写真左:blog.tilos.huより)

1968年、グラミー賞を獲得。黒人女性ボーカリストとして、エラ・フィッツゲラルドに続く快挙でした。またこの年、イギリスに黒人女性ボーカリストとして招待され、イギリス女王などの皇族のまでパフォーマンスを披露したのだそうです。1970年、ディオンヌは「ベスト・セリング・アルバム賞」として「I’ll Never Fall In Love Again」で2回目のグラミーを受賞します。その後、アリスタ・レコードと契約し、バリー・マニロウがプロデュースした “I’ll Never Love This Way Again,”と”Deja Vu.”で、またグラミー賞を受賞します。

社会貢献にも熱心で、エイズと戦う為の活動に力を入れ、”That’s What Friends Are For” の楽曲を使って、エイズ調査のための資金を作ることに協力しました。2002年10月16日国連食糧農業機関からアメリカ大使としての任務を与えられ、ローマやイタリアでも活動しました。ご記憶の方も多いと思いますが、1984年、アメリカ「ライブ・エイド」のために作られたシングル”We Are The World“にも登場していましたね。(写真右:students…より)

最近は、アメリカでの活動と合わせてブラジルなどの南米でもよくツアーを行っています。日本でも人気が高く、1972年の初来日以来、15回以上の来日を果たしていると聞いています。しかし、ディオンヌのパフォーマンスを私が初めて見たのは、20年以上前のオーストラリアでのこと。なんと、私はたまたま野外イベントで歌っていたディオンヌに会っているのです。滞在先に聞こえてきたディオンヌの歌声は「きっとCDだろう・・」と思っていたのですが、本人が来ていると知って、猛ダッシュで会場にかけつけた記憶があります。今年は、フェストに登場するとのこと。間近で見ることができるとあって、私は今から興奮状態です!

最後に、ファンに向けたディオンヌのコメントを掲載します。「私は、今でもアカデミー賞やグラミー賞などの大きな賞をもっと取りたいと思っているし、そのための努力もかかさないのよ!私には、ベテランや大御所なんてタイトルは似合わないの。皆さんも、自分のやりたい事があったら、絶対にあきらめないこと!努力したり、強く願ったりしていれば、絶対に叶うのだから!」(写真左:neildrover.comより)