ロバータ・フラック

クールなソウル・ミュージックを作り上げたパイオニア

ロバータ・フラック

 

(写真上:2003年ロングビーチ・ジャズ・フェスティバルより)

ロバータ・フラックは、ノースカロライナ州生まれ。小さい頃からクラシック音楽教育を受け、なんと15歳でハワード大学の奨学金を獲得。いきなり大学の高度な音楽教育を受け始めます。ここでピアノだけでなく声楽を勉強。卒業後は、黒人女性として初めて白人ばかりが通う学校で教師の職に就いたそうです。

その傍ら、ワシントンDCのナイトクラブでも歌いはじめていました。クラブで弾き語りをしていたフラックさんを見たレコード会社は、彼女をスカウトし、契約。1969年にデビュー。その後1972年、大学のクラスメートだったダニー・ハザウェイ(1979年、34歳という若さで死去)とのデュエット「Where Is the Love 」や「The First Time Ever I Saw Your Face」(全米1位)が大ヒット。2曲ともゴールドディスクを記録するという快挙を遂げました。(写真左:1973年のロバータ。 Music File Photos 1970sより)

翌年リリースした「Killing Me Softly With His Song」が、再び全米1位となる大ヒット。グラミー賞3部門を受賞することになりました。この楽曲は、世界中に広がり、ブラジル・チェコ・フィンランド・イタリア・ノルウェーなどさまざまな国の歌詞でも歌われました。日本でも「ネスカフェ」というコーヒーのコマーシャルで使用され、おなじみになりましたよね。そして、そのまた翌年1974年リリースの「Feel Like Makin’ Love」が、全米1位。4つ目のゴールド・ディスク記録を作ります。

1978年、ダニー・ハザウェイと「The Closer I Get To You」をリリースし5度目のゴールド・ディスク記録を更新。1983年には、ディズニー映画「美女と野獣」でピーボ・ブライソンとのデュエット曲「Tonight, I Celebrate My Love」をリリースし、これがまた世界中でヒットしました。(写真右:2006年チャカ・カーンと2ショット。City of Compton Soul Jam より)

しかし、記録を更新し続けるロバータ・フラックに対して「どうも彼女の楽曲は、淡々としていてあまり抑揚がない・・・」と、実はソウル音楽ファンから敬遠されることも多かったのも事実。が、今の世代からも彼女の歌は、新しい形で受け継がれています。R&Bシンガーの「ディ・アンジェロ」は、「Feel Like Makin’ Love」を録音。また、「フージーズ」は「Killing Me Softly With His Song」を録音しています。同じ楽曲なのに、違う人がレコーディングするとこうなるのですね~!(写真左:コレクションに加えたいロバータ・フラックのベスト版CD)

2009年には、ワシントンDCのナショナル・シンフォニー・オーケストラとのパフォーマンス。また、音楽を目指すユースのために、NYのブロンクス区に音楽の特別校(授業料無料)を設立するなど、自身の過去の経験を生かして新たな活動も開始しておられます。当時、黒人としては珍しくクラッシック教育を受け、音楽大学に入り、クールでおしゃれなソウル・ミュージックを作り上げたパイオニアであるロバータ・フラック。ブルース、ジャズ、ゴスペル、クラッシックの素材を集めて、料理したら彼女流のクールでエレガントな黒人音楽になった・・・。そんな気がします。彼女が黒人音楽の世界に作った功績は、きっとこれからも讃え続けられると思います。(2010年グラミー賞より、Maxwell とステージをつとめたロバータ・フラック)

実は私、ロバータ・フラックさんの歌を生で聞いたことがありません。今年は、フェストで聞くことができるなんて、私を含めて参加者は本当にラッキー! 今からフェストが待ち遠しいです!

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